2014年4月23日水曜日

順風満帆

実の父は4歳で亡くなり、その後母が再婚したが、母の夫である私にとっては養父とも言えるH氏は、不動産業をそれこそ裸一貫で起業し、三十年近くの歳月を経て地元で1,2を争うまでの企業に成長させた男だ。石橋を叩いても渡らないというぐらい何事にも慎重であり、地道に積み重ねてきた本人の努力もさることながら、祖母の姉が子供がなく、跡継ぎがいないため、養子となって改姓した直後から運気が上がったかのように仕事が順調に進んでいった。私が手伝う頃には管理戸数4000強、他業者からは追いつくべき目標や模範とされる程の会社に成長していた。コンピュータの扱いに慣れていた私は、当初から賃貸管理システムの運用開発や管理等を一手に引き受けて賃貸管理や営業支援の仕事をメインに取組んでいた。9年ほどの間に管理戸数は8000戸を優に超え、賃貸管理業としては順調な伸びを示していた。しかし、バブル期に銀行の後押しもあって手掛けた300戸を超える大型宅地造成開発事業の販売戸数がバブル崩壊とともに当初目標を大幅に下回り、良くある不良債権となって経営を大きく圧迫した。そのまま地道に本業でしのいでいれば後日行われた銀行の債権放棄により、不良債権問題は一気に解決するはずだったが、赤字補てんを急ぐあまりに、H氏はベンチャー事業に手を出してしまったのだ。所謂環境ビジネスともいうべき事業内容で、大学の研究室との連携やマーケットもグローバルだったため、これが成功すれば不良債権も一挙に解決するはずだった。

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