2014年4月9日水曜日

Jazzとの乖離

初仕事である渋谷東急屋上のビアガーデンには、場所柄、M君の多くの友人が飲みに来てくれた。その多くが音楽関係者であり、ギタリストの角田忠雄氏との出会いをはじめ、その後の私の人生を左右する方との出会いの場でもあった。お名前を忘れてしまったが、有名演歌歌手Kのピアニストもその中のお1人。もう辞めたくて後任を探しているとのことだった。なんとラッキーな出会いだったことか!M君に感謝である。3ヶ月間限定だったビアガーデンの仕事からいきなり演歌歌手のバックピアニストの仕事をいただけるなんて幸運の何物でもないだろう。そこからタレントサポート行脚の旅が始まった。韓国の演歌歌手Cさん、台湾出身の歌手Oさん、アイドル歌手だったSさん、演歌の大御所Iさんなどなど十数年に及ぶバックバンド生活。この間に自己のバンド「命我神」を結成し、オリジナルを中心に都内のロッピ、アルフィー、バランタイン、次郎吉、横浜のエアジン等で八尋洋一、本田珠也、吉尾公弘、佐野康夫などとライブ活動をやった時期もあったが、なにせ集客力がなく、3年ほど活動したあと自然解散してしまった。その後結婚し、子供も四人授かったが、金銭的にも余裕のある安定した生活は確保できたものの、それと引き換えに当初の夢や目的であったJazzとの関係は大きく乖離してしまっていた。

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